第1章 人類とはなにか、いかに誕生したのか
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このテーマはつねに考古学的記録の骨や石によって語られてきた
確たる証拠が他にもないことが多い
しかし、骨や石は、緩慢で不確かな社会的・認知的変化を教えてはくれない
真の問い「(類人猿とちがって)人類であるとは何を意味し、人類はいかにして誕生したのか?」 他の大型類人猿と生物学的、遺伝学的、生態学的形質のほぼすべてを共有している
このうち現在アフリカ以外に生息するのはオランウータンだけで、彼らは今では東南アジアのボルネオ島とスマトラ島にしか見られない
最終氷期末の約1万年前までは、インドシナ半島や中国大陸南部に広く分布していた 1980年ごろまで、現生人類と大型類人猿の関係については定説があった
人類が大型類人猿であるのは確かだが、私たちとその祖先は他の類人猿とは別の亜科に属する
両者が多くの点において明確に異なっていたため
この考えは、現生人類につながる系統が、その他のすべてが属する系統から早期に分岐したことを示唆していた オランウータンの化石記録は約1600万年前まで辿れるので、現生人類と大型類人猿の共通祖先は少なkツオもその程度古いことになる
ところが1980年代に異種間の遺伝的な近縁性を判定できるようになると、事情が大きく変わった
遺伝学的に見ると、チンパンジーがヒトに一番近く、両者ともに他の類人猿と大きく異なっている
チンパンジーの次にヒトに近いのはゴリラ
約1600万年前にアジアで孤立したオランウータンは特異な例
現生アフリカ類人猿のうち数種(ヒト、ゴリラ、チンパンジー)は、ずっと時代が下った600~800万年前に枝分かれする前まで単系統を形成していた
ヒトは大型類人猿の亜科というよりも、アフリカ大型類人猿の亜科に属する
ヒトとチンパンジーは共通祖先から分かれたので、チンパンジーは(中新世初期の一般的な大型類人猿とちがって)ヒトの系統(アウストラロピテクス類とその直系の祖先)と最大の近縁性を持つ これまでにわかっていること
現生大型類人猿(オランウータンを含む)は、約2000万年前に始まった中新世の初期に、まずアフリカで、やがてヨーロッパとアジアでおおいに栄えた類人猿の子孫 約1000万年前ごろ、世界全体がどんどん乾燥化しはじめ、中新世に多彩な類人猿が住んでいた広大な熱帯林が縮小していった
数十種の類人猿が姿を消した
サルはそれまでアフリカやアジアの霊長類ではさほど優勢ではなかったが、環境への適応性に優れていた しかし、アフリカ類人猿の一系統がこの乾燥化を生きのび、現存するアフリカ類人猿の共通祖先となった
約800万年前、現生ゴリラにつながる系統がそこから分岐した
約200万年後、現生人類に続く系統が、チンパンジーとの共通祖先(通常、最後の共通祖先LCA(→CHLCA)とよばれる)から分岐し、独自の進化を遂げた 約600万年前にチンパンジーと分かれたヒトは、中新世に中央アフリカに形成された森林地帯をめぐる疎開林に侵出しはじめた 類人猿は地上を移動することもあるが、本来はどの種も樹上生活者 ヒトを特徴づける二足歩行は、チンパンジーと袂を分かってからまもなく始まった
大木がまばらな地形を移動する必要に迫られた結果だろう
私達は二本の脚で直立して歩く類人猿であり、古人類学者は直立二足歩行を示す解剖学的証拠によって人類の祖先を同定しようとする
西アフリカのチャド、現在サハラ砂漠の南側に広がるジュラブ砂漠で発見された
ほぼ完全な頭骨で2つの点において目を引く
年代が約700万年前
最後の共通祖先にきわめて近い
発見地が東アフリカで見つかった一番近い他の初期ホミニンからも数千km経だっていて、西アフリカの現生類人猿の北限に近い
森林地帯と周りの疎開林が、かつては現在のサハラ砂漠のより北部まで広がっていたことを意味する
古人類学者のなかには論争
ただの類人猿
約600万年前にさかのぼり、東アフリカのケニアにあるトゥゲン丘陵で発見された
オロリンの化石には、おもに四肢の骨、顎の骨、数本の歯が見つかっている
大腿骨と腰関節の角度から見て、オロリンが二足歩行していたことはほぼ確実と考えられたが、それでもまだ木登りがうまいのは明らかだった
最初期のホミニン候補と考えて良さそう
450万年ごろを境に、発見される化石の数がめざましく増えた
この時期、ホミニンの系統は多数の新種に何度も枝分かれしている
多くはアフリカの異なる地域だったとはいえ、六種ほどのアウストラロピテクスが同時期に併存していたらしい
アウストラロピテクスはサハラ砂漠以南のアフリカ大陸ほぼ全域に拡散した
ところが、その発見がおおいに注目を浴び、私達人類の祖先と早くから認められたにもかかわらず、アウストラロピテクスは二足歩行する類人猿というだけの存在に留まった
脳の大きさに置いて現生チンパンジーと対して違わない
チンパンジーと同様に、果実性だったと考えられ、入手できた場合には肉も少しは食べただろう 後期には石器を作ったかもしれないが、これらの石器はよくできたものでもかなり原始的で、西アフリカに現存するチンパンジーが使う叩き石(ハンマートーン)のようなもの 主としてホモ・ハビリスと結び付けられているが、この種は現在では後期移行期のアウストラロピテクスと考えられている 180万年前ごろからの150万年間に栄えたのはエレクトス一種のみ
この種があらゆるホミニンのなかで一番長く存続しただろう
厳密に言えば、この種は生物学者が「時種」と呼ぶもので、時とともに変化する 生息地がほぼアフリカに限定された初期の種
主にユーラシアに分布し、より大きな脳をもつ後期の種
狭義のホモ・エレクトス
進化のこの段階でホミニンは、はじめてアフリカを出てユーラシアに広がり、加工された初の道具を作った
この時期を特徴づけるのは安定性のようだ
150万年近くにわたって、脳容量はわずかに増えただけで、石器の形や様式にいたってはさらに変化が少なかった
ホミニン史のこの時期は、その安定性ゆえに独特と言える
約50万年前、アフリカのエルガステル/エレクトスの系統から新たなホミニンが派生した、最初期の旧人(古代の人類) これを期に脳容量と物質文明の多様性が飛躍的に増え始めた
ホモ・エルガステルとホモ・ハイデルベルゲンシスの中間にあたる個体群もあったが、彼らはさして重要ではない
エルガステルは旧人に置き換わられ、アフリカとヨーロッパから姿を消した
一方でエレクトスは、東アジアで六万年前まで生き延びた
注. 最近の研究で5万年前まで繰り上げられた
高緯度に適した独自の体形を発達させ、このころ始まった氷期によってヨーロッパと北アジアを襲い始めた寒冷な気候に対処することができた
手足がやや寸詰まりで、ずんぐりした彼らの体形は、イヌイット(エスキモー)など北極地方に特化した人々に似通っている この体形は、体の末端から熱が奪われるのを最小限にとどめる戦略
しかし、イヌイットやシベリアに住む彼らの近縁種が寒冷な土地にやってきて間もないのに対し、ネアンデルタール人はこの戦略を固く守って25万年にわたって氷期のユーラシアを生き抜いた
解剖学的現生人類は、ほっそりした体つきで、脳がさらに大きくなった点において旧人とことなっている
最近の遺伝学のおかげで、俗に「分子時計」と呼ばれる手法によって、ある系統が祖先から分岐した年代を推測することができるようになった この手法では、二つの個体群(種)間でDNA塩基配列が異なる個数と自然突然変異率を用いて、二つの系統が分岐してからの時間を計算することができる 分子時計は自然淘汰の影響が及ばないゲノム部分に注目するので、DNAが一定の速度で自然に変異するという前提の下でなければ成立しない このことが重要なのは、身体形質を直接に決定するDNA部分は淘汰圧によってより速く変異する場合もあるため
ミトコンドリアDNA(mtDNA)が指し示す遺伝的証拠によれば、解剖学的現生人類は、約20万年前に生きていた約5000人の(繁殖年齢にある)女性という比較的小さな集団に由来する これは、この集団に5000人の女性しかいなかったということではない
これらのわずか5000人の女性が現在生きているじん類すべての遺伝形質を決定したということ
私達が、この新たな一歩を踏み出した契機がなんだったのかはわかっていない
いずれにせよ、現生人類はたちまちアフリカ大陸を席巻し、またたく間に旧人にとって代わった
約10万年前、北東アフリカに住む現生人類の一系統が急速に人口を増やし始めた
7万年前でには紅海をわたってアフリカからアジアの南岸地域に移り住み、遅くとも4万年前までにはオーストラリアに達した
オーストラリアへの到達はそれ自体が大事業だった
スンダ大陸棚の諸島とサフル大陸棚の諸島のあいだには、90キロメートルにもわたる深い外洋がつながっていて、これを渡る必要があった
彼らは相当大きな船を持っていただろう
アフリカからアジアへの途上で、現生人類は地中海沿岸のレヴァント地方ではじめてネアンデルタール人に遭遇した
このためヨーロッパに入れなかったものと思われ、アラビア半島を南岸沿いにアジアへと東に向かった
この結果、東アジアに残っていたホモ・エレクトスに出会ったのはほぼ間違いない
アジアにいた別の旧人のデニソワ人に出会った可能性はさらに高く、彼らと交雑したと考えられている デニソワ人については、シベリア南部のアルタイ山脈にある洞窟で見つかった数個の骨しか知られておらず、これらの骨は4万1000年前にさかのぼる
この洞窟にはネアンデルタール人も現生人類も異なる時期に住んだ
デニソワ人のゲノム解析からは、彼らがネアンデルタール人と祖先を共有することがわかっていて、この地がネアンデルタール人以前に旧人が到達した最東端の可能性もある
ヨーロッパでは、旧人が北辺の寒冷な気候にしだいに適応し、ネアンデルタール人が出現していた
約25万年前から、ネアンデルタール人は紛れもなくヨーロッパの優勢種だった
ところが4万年前、後世のあらゆる侵略者と同じように現生人類がロシアのステップ地帯から東ヨーロッパに侵入した
西ヨーロッパに達したのはわずか3万2000年ほど前だった
これら2種の人類は並存していたが、約2万8000年前にネアンデルタール人がイベリア半島で消滅した
人類が途方もない変化を起こしたわけ
私達は他の大型類人猿と多くを共有している
似たりよったりの遺伝的特徴、大差ない生理機能、文化の学習・交換を可能にする高度な認知能力、狩猟採集生活
重要な違いがいくつかある
解剖学的差異、とりわけ二足歩行の直立姿勢
中新世の気候が消滅して熱帯林が縮小したとき、人類は絶滅を避けるために移動方法を調整する必要に迫られた 道具の製作・使用のような行動パターン
しかし、これらの行動は認知的にさほど重要ではない
カラスでさえ道具を作って使うが、彼らの脳はチンパンジーのわずか数分の1にすぎない 本質的な違いは認知にあり、私達が頭の中で行えることにある
この20年ほど、動物、なかでも大型類人猿にも文化があることを示そうとする研究がなされ、多くの学術誌にそうした論旨の論文が掲載されている
この研究分野にはパンスポロジー(チンパンジーの人類学)という名称まで与えられた だが、現生人類を特徴づける行動や認知能力の一部が、近縁種になんらかの形で認められたにしても驚くにはあたらない
それらは進化過程のあるべき姿だから
形質はたいてい既存の形質の改良版
ここで知っておくべきことは、ヒトもチンパンジーも文化の学習によって行動パターンを伝達する能力を持つし、チンパンジーその他の大型類人猿に文化があっても何ら不思議はないということ
ヒトを除けば、このどちらかを行う生き物はカラスであれ類人猿であれ一種もない
この二つの側面は、完璧かつ純粋に人類にしか見られない
これら二種の活動の実践と伝達に言語が欠かせないからであり、それが可能なほど精巧な言語を持つのは人類しかいない 宗教と物語のどちらも心の中にある仮想の世界に身を委ねることを必要とする
日常世界とは異なる別世界の存在を想像できなければ成り立たない
世界がどのようなものであり、なぜそうなるのかを考え、ことによると存在するかもしれない平行世界を想像し、こうした世界が虚構または準虚構の精神世界であるか否かを問える
こうした特殊な認知行動は進化の些細な副産物ではなく、人類の進化において基本的な役割を果たす能力
さらに、これからその重要性が判明することになる人類文化の他の側面もある
もちろん、鳴鳥やクジラなど他の多くの種が音楽性をもつのはよく知られている しかし、社会活動として音楽を用いるのは人類のみのようだ
鳥類にとって、音楽は主に求愛行動の一環らしい
ところが人類は、集団内の絆を築くためのメカニズムという、きわめて特異な形で音楽を使う
もちろん、こうした文化活動を支えるのは私達の大きな脳
私達と他の大型類人猿を分けるものはつまるところ脳なのかもしれない
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水平線は現生チンパンジーの数値
過去600万年という長い時間をかけて、ホミニンの脳の大きさは一貫して増え、類人猿に近いアウストラロピテクスの時代の脳から現生人類の脳までで3倍になった
しかし、これは大きな脳に対する淘汰圧がずっとあったことを必ずしも意味するわけではない
事実、地質年代を通して、脳の大きさが継続して増加したというのは、異種の標本をひとまとめにしてしまったことから生じた錯覚
異なる種を区別すれば、より継続平衡に近いパターンが見えてくる
つまり、新たな種が生まれるたびに、当初は脳の大きさ急激な増加や移行期らしき兆候が見えるが、しばらくすると脳の大きさは安定する
以下の章では、人類類進化における5つの主要な段階あるいは移行期について述べていく
1) 最初の段階は類人猿からアウストラロピテクスへの移行に対応し、主として生態学的・解剖学的移行にかかわり、脳容量や認知に重大な変化があったという証拠はない
次に、200万年前頃から、脳は三段階を経て進化した
2) まず、約180万年前にホモ属(ヒト属)が出現し、脳の大きさが大幅に増えた ただし、この段階に先立って、よりささやかであるとはいえ、移行を示す増加がホモ・ハビリスに見られる 各移行期では、それぞれの時期に生きた種は二つの互いに関連した問題を抱えていた
まず、大きくなった脳の高コストをどう工面するかという問題
大きな脳が作り出す膨れ上がった社会共同体内の絆をどう担保するかという問題
すでに多忙な日常生活のなかで、どの種もなんとか余剰の時間をひねり出すという課題に直面していた
時間配分の問題に新たな解決法を見つけない限り、核移行期における共同体の規模の上限を上げられそうになかった
以上の4つの基本的な移行期に、私は脳の容量に変化のない5番目の移行期を加えようと思う
5) 約1万2000~8000年前に近東で起きた新石器革命 新石器時代がとりわけ興味深いのは、この時期にそれ以前に起きたことがことごとく覆ったからだ この時代は2つの主要なイノベーションに特徴づけられる
遊動生活から定住生活への移行
それに伴う農耕の始まり
かねてから農耕革命はなにより注目を浴びてきたが、じつは農耕はある目的を果たすための手段に過ぎなかった
真の革命は定住にあった
だが、集団がどのような理由から定住したにせよ、そのことによって社会的ストレスが生じ、新石器時代の前にそれを解消する必要があった
いったんこの問題が解決したなら、より大規模な集団が形成され、やがて都市国家や小王国が興され、近代の国民国家の建設という歴史絵巻を繰り広げるための扉が開かれる
これらの変化がどのようにして起きたのかを理解することが、本書のテーマの核心
時間収支モデルと社会脳仮説
考古学者は石器と化石骨の組み合わせと、その発掘地の地質学に証拠を求める
しかし、人類進化の社会的側面とその認知基盤は少なからずおろそかにされてきた
自分好みの結論に走りかねないという考古学者の杞憂もわからないではない
ところが、約600~800万年前の最後の共通祖先から私達現生人類に至る、迂遠で不確かな道程を語ってくれるのは、まさに人類の生物学におけるこれらの社会的・認知的側面
霊長類(現代人も含む)の社会では、社会共同体はその構成員が血縁関係、友情、義務感によって結ばれ、高度な構造をもつネットワークを形成する この社会的ネットワークが親族関係に基づいて構築され、空間内に分布する様子からわかるのは、それぞれの構成員が他社に助けを求めやすいようにできていて、ネットワークの結束や強さを保証する関係が良好に保たれていること
現在このような問いを発することができるのは、霊長類の社会的行動や生態について理解が進んできたからだ
こうした深い理解のおかげで、化石ホミニンの行動を知ろうとする試みを長きにわたって阻んできた同じみの問題をうまくかわせるようになった
これまでの標準的なアプローチでは、特定の化石ホミニンと重要な形質を共有する現生種を見つけ出し、この化石が現生種と同じ生態や社会組織をもつと仮定する
こうした「アナログ」モデルの弱みは、現生種と化石種に共通するただ一つの類似点に基づいて、この類似点が実際に現生種の社会の成り立ちにどうかかわっているのかが定かでない点にある
これはきわめて広く解釈するなら正しいとはいえ、この半世紀における霊長類の現地調査から私達が学んだのは、たいていの種の行動と生態においていたって適応性に優れているということ
私は、こうした過去のやり方とかなり異なったアプローチを取ろうと思う
まず、特定の生息地で生きるために、霊長類が主要な活動(摂食、移動、休息、社会的関係の形成)にどう時間を割り振るかについて昨今わかってきたことを見ていく
このアプローチでは、多数のサルや類人猿種のために私達が開発してきた一連の時間収支モデルを用いる これらのモデルによって、動物が特定の生息地で主要な活動にどれほどの時間を割り当てるかを正確に予測できる
ここで問題となるのは、一日のうち活動できる時間は限られていて、これらの主な活動は起きている時間帯にしなければならないこと
ここで、生物を研究対象にしていることは決定的な利点となる
生き物の場合、体内のある部分の変化は他の部分に連鎖的に影響を与えずにはおかない
ある生物種の脳か身体が大きくなったとすると、摂食に費やす時間はどうしても長くなる
この時間が長くなると、移動や社会的交流など食べることと同じくらい重要な他の活動に割く時間を変えなければならなくなる
この仮説は実質的に時間収支分析をするための基盤になってくれる
社会脳仮説は、やがて霊長類の種のあいだで認知や社会性に相関的な違いが見られる理由を説明するようになった
この仮説は、脳の大きさと社会集団の規模の関係を示す定量方程式を提供する点において重要だ
この関係が外乱にきわめて強く、生態のいかなる直接的な影響もほぼ受けないということは、化石種の典型的な共同体の規模を予測する手段が得られたことになる
これによって、時間収支に関する二つの重要な洞察が得られる
まず、脳の大きさによって、共同体の規模を予測できるのだから、大規模な群れの社会的な絆を構築するのにどれほどの余剰時間が必要かを知ることができる
脳の大きさを増やすためには食物を探す時間を増やすしか方法はない
つまり、それぞれの種について一つの問いを立てるだけでよくなる
この余分な需要をいかにして限られた時間内に収めたのか
また時間収支がすでに限界に達していたなら、余剰時間をつくるために、どのような新たな解決法を見出したのか
まったく新たなアプローチ
アフリカ大型類人猿のある特定の系統が独自の道を進んだのはなぜなのだろう
この600~800万年にわたって私達が歩んできた道のりは、その途上で起きた一連の出来事を定義する脳の大きさと集団組織の劇的な変化、すなわちホミニン進化の歴史を彩る種分化、移動、絶滅、新規な文化的所産を色濃く反映している
この脳の大きさの変化とそれに関連する多数の主要な形質には、考古学的記録から推測できるものも、現生人類のみから確実に知ることができるものもある
これらの形質を4項目に分けて示す
解剖学的マーカー
晩成の赤ちゃん
考古学的マーカー
定まった住居
行動マーカー
祖母による子育て
異なる性の親による子育て
認知マーカー
高次のメンタライジング
これらの形質には解剖学的なものもあれば、行動的・認知的なものもあるが、脳の大きさの変化と時間的な制限条件は言うまでもなく、考古学的記録に照らしても切れ目が一つもない一本の道筋を見つける必要がある
本書の探求はこうした異なる情報源に基づく多面的分析によって可能になる
この手法を用いれば、過去に比べて推測に頼る範囲がぐんと狭くなる
ジグソーパズルのピースを適当に並べ、持論と矛盾しないパターンの物語を仕立てあげるわけにはいかない
本書では、これらのピースをある特定の順序に並べるための妥当な理由を探ってみようと思う
少なくとも幾通りかの順序に並べることは可能だろう
これらの形質は、古人類学者にはおなじみで、人類の進化に関する伝統的な見方に頻出するものもある
二足歩行、骨盤構造の変化と足底筋の獲得、犬歯の縮小、現生人類のような華奢な体形、脳の大きさの累進的増加、成長の遅れ(第三大臼歯発生の遅れによってわかる)と晩成の赤ちゃんに特徴づけられる現生人類の生活史、さまざまな複雑さをもつ道具、狩猟、芸術作品 さらに他の形質(離合集散社会、分業、祖母による保育、閉経、料理、宗教、ペアボンディング(つがいの絆))などもヒトの社会的進化にかかわる人類学において重要な役割を果たしてきた しかし、こうした形質は化石記録で確かめられる考古学的特徴に欠けることが多い
一方、人類の進化という文脈においてはまさに新規であるため、語られたこなかった形質もある
音楽と踊り、物語、宗教、「心の理論」あるいはメンタライジングとして知られる社会的認知の形態、笑いなど
人類の進化において、これらの形質がとりわけ重要な役割を果たしてきたというのが私の主張
つまり、これから行う作業は探偵稼業ということになる
考古学的記録に収められた犯罪現場は、どの犯罪現場に負けず劣らず悲しいまでに不完全
仕事はなにが、どこで、いつ、なぜ起きたかを突き止めることにある
社会脳仮説と時間収支モデルは法医学のツールキットとなってくれる
このツールキットは定量的(時間収支モデルでは数字はある範囲に収まらなければならない)なので、自分好みのパターンに嵌め込んでいくわけにはいかない
時系列に沿って全体像を描き、各種を襲った新たな危機を見る際には、その先行種が彼ら自身の危機をどう解決したかという文脈で捉えていく
ここで2つの点についてお断りしておきたい
多くの古人類学者はこの試みを恐怖に満ちた目で眺めることだろう
新たなアプローチや技法にはいつでも疑いの目を向けてきた
1980年代に、分子遺伝学によってホミニドの分類が覆った時、たいていの古人類学者は信用しなかった
この話の教訓は、新しいアプローチを疑ってかかるのではなく、あまりにも断片的な考古学的記録をよりよく理解したいなら、それをどう使うかを問うべきだということだ
科学は一度目の試みで正しい答えを出すというより、問いを発し続けることによって進展する
新しい化石や新たな技術による理解によって、本書に書かれたことの詳細が変わるであろうことは承知している
新しい化石が見つかるたびに人類の進化に関する考え方が変わるこの分野では当然のこと
肝心なのは、考古学的記録を新たなやり方で調べるための問いを発することにある
種々のホミニン化石の正確な分類にかかわる
この一世紀を通じて、人類進化にかかわる議論では分類学がしばしば焦点となってきた
私はこの話題についてここでさらに論じるつもりはないし、この無頓着な態度に怒りを覚える無機も多いことだろう
だが、私は分類学が重要ではないと言っているのではない
より詳細な分析を行うための満足な手法を私達はまだ持ち合わせてはいない
そこで、私は詳細は忘れて、より大きな全体像に焦点を合わせようと思う
つまり、多くの種がなぜその生息地で栄えたのか、そして、なぜその大半が結局は絶滅したのか
これらの問いに答えられたのなら、個々の個体群レベルでさらに研究するための拠り所となってくれるだろう
仮にそれができたなら、分類学の詳細がより重要味を帯びてくる